三万日ブルース

会社を辞めて公務員試験を受けて、一年間だけ区役所の窓口で働いていたことがある。口述試験の前にネットで調べまくって2chも端から端まで読んで、窓口なら早く帰れそうなことがわかった。市民の方々と接する機会の多い窓口業務をぜひやりたいと話して、配属されたのは戸籍係。
18歳で公務員になる人が大勢いるとか(私の育った街にはそんなに公務員の求人がない)、やる気や自主性がだんだん削がれていく職場だとか、どうやら残業代を払う気のない組織だとか、30代で手取り15万だとか、知らないことがたくさんわかった。そして、どうしても世間の目が気になって、怖くて辞めた。やりがいは少しもなかったけれど、仕事はめちゃくちゃ面白かった。知らないことは他にもあった。誰にも知られず亡くなって、誰にも死亡届を出してもらえない人。父親欄も母親欄も空白の人。出生届も死亡届も私が受けた人。命には終わりがあると、知ったつもりで自分は何も知らなかった。初めて知ったことと、忘れたくても忘れられないことがたくさんあった。
お金がなくて毎日お弁当を作っていって、昼休みに人のまばらな休憩室で食べていた。ヘッドフォンでandymoriを聴いた。三万日のライフ、三十時間のライフ、たくさんの生と死が薄っぺらい紙に張り付いて、私の手の中をすり抜けていった。