夜明け
空が明るくなってきた。きれいな色だ。
6日間の夏休みが今日で終わる。
ずっと、人と関わることを避けてきた。
平日の夜はもちろん休日にも誰かと会うなんて考えられない。
15年近くそうやって、自分の持っているものを全部、生きることとか働くことに突っ込んできた。
友達や知り合いとは連絡を取っていない。
実家も何度か引っ越して、子供の頃にお世話になった人たちとも疎遠になってしまった。
ただ両親が住んでいるというだけの理由で、自分の知らない町で何日かを過ごす。
今まで何も感じていなかったのに、今年の夏になってふと、帰省ってすごく寂しいとか、貯金はないけどローンはあることとか、
この季節の終わりには37歳になるとか、おそらく人生の半分以上を生きてしまったこととかに気がついた。
焦るなあ。
今日はどこかに出かけよう、幸せな一日にしよう。
三万日ブルース
会社を辞めて公務員試験を受けて、一年間だけ区役所の窓口で働いていたことがある。口述試験の前にネットで調べまくって2chも端から端まで読んで、窓口なら早く帰れそうなことがわかった。市民の方々と接する機会の多い窓口業務をぜひやりたいと話して、配属されたのは戸籍係。
18歳で公務員になる人が大勢いるとか(私の育った街にはそんなに公務員の求人がない)、やる気や自主性がだんだん削がれていく職場だとか、どうやら残業代を払う気のない組織だとか、30代で手取り15万だとか、知らないことがたくさんわかった。そして、どうしても世間の目が気になって、怖くて辞めた。やりがいは少しもなかったけれど、仕事はめちゃくちゃ面白かった。知らないことは他にもあった。誰にも知られず亡くなって、誰にも死亡届を出してもらえない人。父親欄も母親欄も空白の人。出生届も死亡届も私が受けた人。命には終わりがあると、知ったつもりで自分は何も知らなかった。初めて知ったことと、忘れたくても忘れられないことがたくさんあった。
お金がなくて毎日お弁当を作っていって、昼休みに人のまばらな休憩室で食べていた。ヘッドフォンでandymoriを聴いた。三万日のライフ、三十時間のライフ、たくさんの生と死が薄っぺらい紙に張り付いて、私の手の中をすり抜けていった。
暑さと湿気と
蝉の鳴き声が止んだ。猫に餌をやらないでくださいという張り紙の下で、猫が毛づくろいをしている。夏の夜。
夏の夜はすぐ明けてしまう
商店街の夜店に行った。フレンチのお店でハンバーガーを買って晩ご飯にした。大きな提灯の下で、去年も同じのを食べたな。美味しかった。また来年。
神戸チキンジョージ
高校を出て、田舎からの脱出という人生最大の目標を成し遂げたものの、ハイロウズのチケットはなかなか取れなかった。
やっとライブハウスに行けたのは20歳の誕生日。チケットはネットの掲示板で見つけた親切な人から定価で譲ってもらった。リーバイスのロングスカートを履いて行ったものだから、モッシュピットで裾を踏まれまくった。よろけては何度も立ち上がった。足元がサンダルでなかっただけまだマシだったか。
一曲目は「岡本君」。ほかに何を演奏したのかは覚えていない。知らない人の腕と自分の腕がぎゅうぎゅう押し合って痛かったのに、そのうち擦れる感触がお互いの汗で滑らかになっていった。隣の人も後ろの人も前の人も赤の他人なんだけど、もう何とも感じなかった。自分と他者との間の境界がそこにはなかった。
チキンジョージが20周年を迎えたあの年、私も二十歳だった。